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エンジェル-悪夢-

2015年02月13日 15:33

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・序章-八 (過去文-2013作成)




その日は、五年前小太郎が私のもとへ現れた日だった。

季節は春を終え、梅雨の時期を迎える頃。そして私がこの日を我が子の誕生日と、戸籍上にも定めていた。

小太郎も私も、勿論父と母もこの日を楽しみにしている。私は一月以上前に小太郎の名前入りのケーキを頼んでいたし、両親ともプレゼントが被らないよう打合せしてもいた。父も乗り気で、プレゼントとは別に、また日を改めて海外旅行にでも連れて行こうと言ってくれていたのだ。

そして当日、前もってバイトの休みを取っていた私が早めに保育園に迎えに行き、予約したケーキなんかを小太郎と一緒に買って帰り、マンションでは母と共に父が返ってくるのを待つ予定でいた。そしてそれは小太郎を私のもとで引き取った昨年、私と両親で約束したものでもあって―――これからは毎年四人で小太郎の誕生日を祝おう、と、なにより小太郎本人と私たちは約束を交わしているのだ。

「近場のケーキ屋さんだけど、去年頼んで大当たりだったんだよね。今年はチョコクリームにしてみたけど・・・小太郎、喜ぶかな」

今朝、保育園に送りに行く直前まで、カレンダーに赤いマジックペンでつけられた今日の印を電波時計の期日と同じ日か何度も確かめてそわそわしていた我が子。微笑ましく思いながら、わざと気づかないふりをしたまま保育園に送り出した私はとても大人気なかったように思う。ちょっとした出来心。夕方迎えに行った後はこれでもかってくらい存分に甘やかす気積もりだったのだ。その時見られる我が子の安心した様子と、天使のように無邪気に喜び、笑顔を零して引っ付いてくる様を思えばこそ。

今日は四時十分に授業を終え、友人との歩き話もそこそこに大学を出て、保育園へ向かう。陽が沈む前には小太郎を迎えに行けそうだと意気込む私は、いつも以上に小太郎に会うことを楽しみにしていた。自然と赤い瞳が思い浮かぶ。私と本人にしかそう見えていないらしい珍らかな虹彩色。父と母に尋ねても、やはり小太郎の髪と目は私の父譲りのものと同じ、黒色に見えるそうだ。そして小太郎自身はその見え方の誤差に気付いている。私は以前小太郎に、この色は特別で、私と小太郎以外の人には黒く見えるから変に思われないよう合わせるべきだと、そう言い含めたことがある。でも小太郎だってそんな言葉、鵜呑みにするはずもない。でもまだ小太郎も、決定的な出来事に行き当たっていないからその珍妙さを曖昧にしたままでいてくれているけれど・・・きっと近いうちに、どうしようもない疑問に行き当たってしまえば私への不信感を抱くだろう。そして当然、私はその疑問に答える解答を持っていないわけで・・・。そう思うと、私は妙にやるせない気持ちを抱かずにはいられなくなる。

「あれ、トイレかな?小太郎君、今呼んできますね」

保育園の昇降口で先生がそう言い園内に居る小太郎を探しに行ってくれる。

私は靴を履いたまま、同じタイミングで園児を迎えに来たママさんと軽く話し込みながら昇降口で待つ。偶に、見慣れた園児たちがそろそろと顔を見せては、得意げに自作の折り紙や冠なんかを見せられ私はその愛らしさに笑みを浮かべた。女の子は大概、小太郎より背が大きい。まだちょっと舌足らずな口、歯が数本抜けているのも気にした風もなく自分を主張する様子はとても懸命に映る。そういえば小太郎もそろそろ、永久歯に生え変わる時期。抜けた歯は、よくショップで見る歯を取っておくような、専用の入れ物を買ってあげた方がいいのだろうか?でもやっぱり、健康な歯が生えるよう昔からあるおまじないの通りに外へ投げさせた方がいい気がする。上の歯は空へ、下の歯は地へ。小さい頃の私もそうして投げた覚えがあるし、何より土に返すのが何より自然だしご利益もありそうだ。うん、我が家はそうしよう。

「あのね、小太郎君のお母さん。今日佐藤先生のお手伝いを小太郎君がしてね、先生が小太郎君のこと凄く褒めてたんだよ。それにね、他の男の子たちとかけっこした時も、小太郎君が一等賞でね―――」

そんな嬉しい報告をくれたのは、入園式のとき小太郎に早速友達宣言した二人の女の子の内の一人だった。今日はパンツスタイルで、二つに編み込みした茶っぽい髪をリボンのついたゴムで結んでいる。彼女は良くこうして私に話しかけてきてくれるようになっていた。見るからに小太郎を気にかけてくれる女の子。私はいつも、くすぐったいような、微笑ましい気持ちでそれを聞く。

でもこう見えて、私は小太郎と出会うまで自分がこんなに子供好きだなんて知らずにいた。今ではそんな鈍感な自分に苦い笑いが漏れるくらいに、子供の―――小太郎の居ない生活なんて、私には考えられない。

「あのっ、夕月さん!小太郎君が―――」

私の後に来たママさんたちが子供たちを連れて帰っていくのを何度か見送り、どうも遅いな。と、次に通りがかった先生に確認してみようと思っていたその矢先だった。

小太郎を呼びに行ったはずの先生が血相を変えたように園内に続く真新しい扉から駆け込んでくる。慌てたように、なにかに怯えるように私を視界に捉えた途端、一瞬表情を硬直させたように見えた。

背後から、バタバタと他の先生がこっちに向かってくるような足音を聞き取りながら、先生の唯ならない様子に私までも顔を強張らせ―――

何処に目を向けても先生が小太郎を、私の天使を連れていないことに気付いて、どうしてかぞっと身が泡立った。


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