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エンジェル-悪夢

2015年02月13日 15:42

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・序章-壱拾 (過去文-2013作成)



小太郎の行方が消えて、もう三月が経つ。

依然として手がかりも何も掴めてはいない。おかしなくらいに何の形跡も残さず小太郎は居なくなった。それはもう、まるで種も仕掛けもない怪しい手品でパッと姿を消したみたいに。

捜索願を出した警察側では一度目の現場捜索の時点でお手上げな様子が見て取れた。何しろ保育園内で起こったこと。周辺の事情聴取をしてもなんの収穫もなければ、疑いを向けるのは職員や小太郎の身内関係。でもどうやったってそこに事件性を疑うようなものは出てこない。

そうともなれば、捜査の視点は小太郎がもとは孤児だというところまで遡る。でも五年前に捜査済みの一件から何らかの手がかりを得る事なんて出来るはずもない。既に小太郎の身柄は親元の分からない孤児というだけで調査が打ち切られてしまっているのだ。警察組織がどこまで捜査範囲を広げられる情報網を持つのかは定かではないけれど、状況に解明の余地があるかないかくらいの判断は私にだって出来る。

つまり現状は目に見えて、行き詰っているということ。

最悪の事態は誰の目にも見て取れていた。

いつものように大学登校後にはアルバイトを終え、マンションに帰宅する。深夜11時前に帰って来た私を出迎えたのは母の姿だけ。小太郎が姿を消してからずっと私を心配している両親は、こうしてほぼ毎日私の様子を見に来て心配してくれている。今、遠方に出張中の父とは暫く会うことが出来ないけれど、こうした二人の無償の優しさは私にとってとても意味のあるもので、全てを投げ出さずにいられているのは二人の愛情に触れているからこそ。少しでも気を抜けばしつこく這い寄ってくる絶望の塊、これを受け入れてはいけないと思う気力と理性を私一人では保てなかった。

私が全てを諦めてしまったら、一体誰があの子を見つけてあげるの?

小太郎の存在の不可思議さを認められるのは私だけ。

居なくなったというだけで悲しみに呑まれて自分を慰めたって、あの子が戻ってくるわけでも、今安全な場所にいるのかも分かるわけじゃない。

私に今一番必要なのはあの子の無事。二番目にあの子が私のもとに戻ってくること。

それを確かめるまで、私は少しの身の回りの変化も見落としちゃいけない。あの子が'何'であるとしても、小太郎が求めているのはきっと私の存在。

血は繋がらずとも一生の愛情と安心を与えられるのはいつだって、母である私のはずだから。私はまだ、泣き言の一つも吐いたりしないと決めた。

「ありがとう、お母さん。帰り道気を付けてね」

深夜、玄関先で私は母を見送る。母だけならいつもはこのまま一泊していくのだけれどどうやら翌日は朝早くから用事があるらしい。

「次来るのは明後日になるけれど、寂しかったらすぐに連絡するのよ。お母さんすぐに駆けつけるわ。お父さんは三日後には出張から帰るはずだし、そしたらお父さんのお財布で、お母さんと一緒に沢山甘いもの食べさせてもらいましょうね」

お母さんはそう言って、ヒールを履いてもまだ私より低い身長差を埋めるようにつま先で目いっぱい背伸びすると私の額にキスを落とした。私はからかうような笑いを浮かべながらも少しだけ腰を屈ませ、母の額と左右の頬へ愛情を示し返す。私の身長や目と髪の色は父親譲り。小柄な母から継いだのは多分自愛の精神と、こういっては何だけど形のいい胸くらいだと思う。でもそれは小太郎を我が子にもって初めて心からの感謝を自覚した。私は母以上に母親らしい人も、女性らしい愛情を持った人も他に知らない。

私は小太郎にとって、私の母のような存在になれたらいいと。そんな望みを持ちながら接するよう心掛けてきた。

「たまには私が払うよ」

「いいのよ。お父さんはあなたを甘やかしたくて仕方ないんだから。勿論、私のこともね」

肩をすくめる私を母はさっと抱きしめ、ヒールの底を鳴らして玄関の扉を開けた。いつもどこでも身軽な私と違って、ファッションに独自性のある母は毎回会うたび代わるブランド物のバッグを腕に持ち明るく長い髪をふわりと翻す。その姿だけとっても、母はまるで歳を感じさせない美貌の海外モデルの気高さを思わせるくらい、洗練されて美しい。

「おやすみ、私たちのエンジェル。約束よ」

明後日まで此処で一人寂しくする私の為の、抜け目ない母の思いやり。私は思わず顔をほころばせ、夜道を車で帰る母にもう一度気を付けるよう促して、扉の外側に母が消えていく様子を笑顔で見守った。


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