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エンジェル-悪夢

2015年02月13日 15:57

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・序章-壱拾参 (過去文-2013作成)



息絶えたかのように気を失った、その人型のものの体の下から息も切れ切れに這い出る。

足を縺れさせながら、まるで打ち抜かれたかの如く周囲の壁ごと破壊された寝室の扉があった付近まで転がるように掛けて距離をとることに成功した私は、一旦そこで立ち止まり昂ぶる鼓動を胸の上から掌で抑えた。視界の端に、壊されたものの残骸が風に吹き飛ばされたとは思えないようなまとまりを以て何の家具もない壁側に鎮座しているのが見て取れた。

けれど私はそれには一切注意を向けず、暗い室内のベッドの方をじっと見つめる。

混乱と恐怖で乱れた呼吸が、なかなか収まってはくれない。

でも暫くしてはっとデスクに駆け寄りスマートフォンを手に取った。

頭に浮かんだのは父の姿。でもすぐに、まずは警察に通報すべきだと思い至る。

震える指先で110と打ち、画面の明るさに暗闇に慣れた眼球がチカチカするのも構わず通話の表示に視線をおいた。するとおかしなことに躊躇いが生まれた。

その右上に翳した親指は宙に留まったまま。何に阻まれている訳でもないのに動かない。

何をしてるの!

早く警察を呼んで!

いつ目を覚ますかわからない。またさっきみたいに襲われる前に、安全な場所に逃げるの!

混乱はしているもののはっきりとした意識はそう告げる。なのに警察に連絡していいのかどうか、私はこの時真剣に迷った。

何て言えばいい?

不法侵入?器物損害?強姦?抱きしめられて、一瞬キスされたことは犯罪とみなされるの?

どちらにしろあの得体の知れない存在は私の全く知らないもの。この場で意識を無くしてくれたから、現状の証拠も被疑者の身柄も全てが揃ってる。私が庇い立てする義理なんてない。警察には有のままを説明してすぐ此処へ駆けつけて貰うべきだ。何も難しいことなんてないはず。父と母には心配を掛けるだろうけど、このまま放っておけば取り返しのつかない事態になるかもしれない。

そこまで判断はついているのに、まだ迷う。

それは何故?

さっきの有り得ない現象を見てしまったから。これが―――もしかしたら本当に、人ではない何かではないかと恐れているから?ある意味、人でないなら捕縛や処罰の対象にはならないだろうって?

―――なにを、狭慮な事を考えてるの。

そう思いながらも、私は恐る恐るベッドへ目を向けた。

不自然に盛り上がった濃い影がそこに見て取れる。照明をつけようと思ったけれどすぐに思い直して、万が一それで目を覚ますことを危惧した。

恐らく重症を負っている。私が浴びた血の量だけを考えても、きっと自分で意識を吹き返せるような状態ではない。放っておけば確実に死に至るだろう。

そこまで考えて再び血の気が引いた。

まずは救急車を呼ぶべきではないだろうか。でもまた思考を巡らせば、人でなかったら?なんていい加減踏ん切りをつけろと怒鳴りたくなるような、無責任な状況把握に陥る。

堂々巡り。

徐々に焦りを募らせた私は意を決して寝室の証明を点灯させた。結局警察にも消防にも通報しないまま、だ。でもスマートフォンは片手にしっかりと握ってベッドへ足音を消して近づく。意識すれば部屋中に鉄の、血のにおいが充満している。これは尋常じゃない。素人目の冗談ではなく、本当に死んでしまうほどに出血しているのでは。

「――――ャッ!!!」

暗闇にあっただけではなく、実際に黒い衣服に身を包んでいたそれをベッドの脇から覗き込んで、私は両手で口を覆いか細い悲鳴を上げた。

そこに見た光景は、思っていた以上に深刻な量の血をマットレスや足元の掛布団にまでじっとりと染み込ませ俯せになっている、男の姿だった。

死んじゃう――――!

今まで見たことのない血の量に鈍器で殴られたかのような眩暈が襲った。私は血が平気な方じゃない。学生時の解剖学では魚の血にも吐き気を覚えるくらいに苦手だ。それが人の形をしたものの血ならその衝撃は更に増す。今にも吐いてしまいそうな光景に強い拒絶が胸を占めた。

だめ、だめ、だめ。

私は後ろに数歩よろけ、けれど腰が砕けそうになるのを何とか堪える。また見なかったことにしたくなる衝動をかなぐり捨てて、本当にいい加減にして!と涙目になりながらも自分を叱咤した。

助けないと!

その瞬間私はさっきまで迷っていた気持ちを振り払い、誰に連絡もしないままスマートフォンをデスクに放り投げ踵を返して足早に寝室を出た。

リビングの救急箱を箱ごと抱え躓くのも構わず家の中を駆け回った。物を運ぶため、寝室に入るたび廊下と向かい合った床の周辺に散らばる細かな壁や木の屑が足に張り付いたけれど、それを気にしてスリッパを履く時間のロスも惜しい、これは一刻の猶予もない事態だ。

ストックしておいた新品のタオルをあるだけ寝室に運び、念入りに洗った洗面器にあっついお湯を注ぎこむ。手当に使えそうなものは全て投げ入れるように寝室に移動させ、思い当たるものを一通りベッドの近くに並べる。

最後に自分の額を覆う嫌な汗をぬぐいとって、綺麗に手洗した。

見下ろす血の量に、また激しい眩暈が視界をぐらつかせる。

でもそんな生理現象、生命あるものの命に比べれば全く比べるべくもないものだと自分に言い聞かせた。

私は深く深く呼吸する。五感全てが目の前の血と肉体に戦慄くよう。

さっき自分の体に受けた重み。その通り大きく、意識しなくとも服の下からはっきりと観察できるほどの、逞しい骨格をした肢体に思わず怯むのを堪え。

私はまず、その俯せの体を仰向けにするべく震える足で立ち上がった。


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