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エンジェル-悪夢

2015年02月13日 16:01

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・序章-壱拾四 (過去文-2013作成)





出血は主に、脇腹を抉るような傷口からのものだった。全身の至る所に負った細かな傷、何かが深々と刺さった痕。見ているだけで痛そう、なんて言葉では到底及ばない惨さだった。例えるならまるで、たった今まで戦場のど真ん中を突っ切って奇跡的に生還しました。なんて現実には起こりえない、フィクションの世界の出来事を体験してきたような有様だと思った。

本当は一体どうしてこうなったのかなんて、私には想像もつかない。

とにかく痛い。辛い。苦しい。そんな漠然とした言葉が、今まで掠り傷程度しか負ったことのない自分の口から幾度も零れ落ちそうになるだけ。

弱く荒い呼吸と、何らかの後遺症が残ってしまいかねない高さの熱を持つ大きな男の体に私は始終ひやひやする。同時に自分の体の脆さが怖くてたまらない。只管手当する私の胸は、傷や痣を目にするたび今にも裂けてしまうのではないかと錯覚した。

でも、なんとかそれに耐え。そうしてやっと手当を一通り終えた私は、暫く何処を見るわけでもなく呆然と床に座り込んだ。痛々しい脇腹の傷が、ぬらりと光る鮮やかな肉を目にした衝撃が、なかなか抜けそうになかった。

張りつめた糸が緩むように、涙がぼろぼろと零れ落ちる。救急箱に入っていた包帯はあるだけ全て使い切った。流石に傷口を縫うなんて真似は出来なかったけど、汚れを落とし消毒をして、私に出来る限りの処置はした。でもこれで正解だったのか、色んな意味で、自信はない。

やっぱり救急車を呼ぶべきだったのだろうか。

助からなかったら、どうしよう。

私の浅はかな判断で、人を―――人の形をした何かを、殺す結果を招いてしまっていたら・・・・。

私はきっと、背負いきれない罪悪感に正気を保てなくなる。

殆ど放心している意識には、ショックの色濃いそんな考えばかりが飛び込んでくる。しっかりしなくちゃ、と乾いた心に促す。少しも響かない。

すっかり時間の感覚が麻痺してしまっている中、ふと私は男に目をやった。包帯だらけの胴。いつの間にかあの、悪魔を連想させた黒い翼は消えている。今はどう見てもただの人の姿だ。疲労のせいで私の記憶が曖昧なものに思えてくるけど、どこかで、それならそれで警察に通報するなり真っ当な対処が取れると投げやりな考えが潜む隙ができていた。

・・・・ああ、・・小太郎・・。

でも、その男の頭に目を向ければ、頭部の傷を確かめようとしたおり気付いてしまった、赤い髪の色に私は内心項垂れた。あの子と、私が見ていた小太郎と全く同じ色の髪を、男はもっていた。冷静になって、五年前突然ここに現れた小太郎の事を思えばとても無関係には感じられなくなってくる。

これからどうするにせよ、まずこの男と何か話をして、小太郎と無関係かどうか確かめなければ後の事は決められそうにない。そしてこの際、男の危険性は二の次にするしかないのが、怖かった。

私は一通り泣いて気が済むと、軽く指先でそれを拭って尽きることのない悪い思考から抜け出した。これ以上はもう漠然とした不安を抱えるだけに留めておきたかった。

ぬるま湯を絞ったタオルで、また男の全身に滲みだす汗を拭きとる。よく注意を向ければ、いつの間にか随分呼吸が落ち着いている様子だった。でもその体は今だ火だるまのように熱く油断はできそうにない。

私は一瞬躊躇ったが、夏物の軽い布団をその体の肩口まで掛けてやり、床から立ち上がる。余程時間が経っていたのか足は棒のようになっている。ふらふらと寝室を出た私は、男に抱きしめられたとき浴びた血を洗い流すため、少しの間ここを空けた。


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